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小布施町おぶせまち「北斎、栗、花」という文化を大切に守りながら「うるおいのある美しいまちづくり条例」を設け景観整備を推進しています。

「北斎、栗、花」という文化を大切に守りながら「うるおいのある美しいまちづくり条例」を設け景観整備を推進しています。

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おぶせセミナー 大島史跡巡り

 町公民館では、町民の皆さんに心豊かで、いきいきとした生活を送っていただくため、「おぶせセミナー」と題した講座を1月から開催しています。今回はその7回目で、古刹・玄照寺を出発して大島の史跡巡りを行い、約40人の皆さんの参加がありました。講師は、小布施町の郷土史家 小林暢雄さんです。
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 寛政11(1799)年建立にされた玄照寺三門は、2階造りの仁王門で、昭和48年に町宝に指定されています。両脇には金剛力士像が凛として立ち、大変風格のある建物です。

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 玄照寺を出て、大島をまっすぐ西に貫く道を下っていくと、右側に3体のお地蔵さんが座しておられます。これは、寛保2(1742)年、関東地方を襲った災害史上最大の水害「戌の満水(いぬのまんすい)」で亡くなられた人の慰霊・供養塔です。ちなみに押羽地籍には、小布施町郷土史の会が設置した、そのときの水位を示した水位標があるそうです。

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 さらに大島を下っていくと、右側に大島神社が見えてきます。今回、特別に神社に奉納されている「水難の絵馬」を見せていただきました。

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 明治30(1897)年9月、千曲川が氾濫したため、中島(耕作地)に繋いであった村の持ち舟が流出してはいけないと大島の村の若い衆10人が浅瀬に引き上げようと舟で出かけたところ、急流の渦で転覆し、全員が川に放り出されてしまいました。しかし、絶体絶命の中、全員無事に岸まで辿りつき、九死に一生を得た10人は「これもひとえに氏神様のご加護のお陰」と感謝し、水難の模様を絵馬に書いて奉納したものなのだそうです。よく見ると「奉納」という文字の中に、そのとき助かった10人の名前が書かれているのに気づきます。
 このほか、大島には水神様を祀った祠も多く、水難の絵馬や水害で亡くなった人を供養した地蔵菩薩など、この地区が千曲川や、「暴れ川」と恐れられた松川と特別に深い関わりがあったことを今の世に伝えています。

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 最後に、出発地の玄照寺に戻り、御本尊を見させていただきました。玄照寺の御本尊、清凉寺様式釈迦如来立像は、鎌倉時代末期から南北朝時代の制作と推定されており、頭部と台座は後の時代の補作ですが、清凉寺様式としては長野県唯一の貴重な仏像です。昨年、町文化財保護審議会の答申を受けて、町宝に指定されました。ちなみにこの本尊は、初めに紹介した玄照寺三門の楼上に安置されていたものなのだそうです。

 普段何気なく通る道端に人知れず、ひっそり佇む祠や石碑やお地蔵さん―。そこにもきっと、昔の人々の「思い」や「メッセージ」、そして「物語」が込められていることを気づかせてくれる、楽しい史跡巡りでした。

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